CHIPILOG|忙しいあなたのためのリラックスマガジン【チピログ】

東京の中心から情報をお届け!お得な情報や日常の出来事について本音で語る雑記ブログです。じっくりと読んで行って下さい。

貧乏で良かったこと、マジで嫌だったこと

スポンサーリンク

f:id:chippyofficial:20170203084750j:image

 

私はまあ貧乏な家庭に育ちました。どれくらい貧乏だったかというと、20数万円のお給料で家族4人暮らし。収入源は父一人だけという状況でした。

 

20数万円って家賃払ったら今1人でちょうどいい金額です。

 

貧乏でよかったこと

始めたことを最後までやる

貧乏してると、雑草のような根性がつきます。 

なけなしのお金でピアノを習っているのを知っていたため、休まずに本気で練習しました。1ヶ月4000円という破格に安いレッスン料で12年間続けました。

 

バイトをたくさん経験した

 大学に入ってから空いてる時間は全部バイトに費やそうと、いろんなバイトをやりました。賃貸マンションの会社のジム、チェーンのカフェ、薬局、試験監督、テレオペ、皿洗い。就職する前に、私は一般客相手のBtoCが向いてないと気がつきました。今はもっぱらBtoBです。

 

貧乏は夢がある

 お金があったらこんなことがしたいな~と思いながら働けます。そもそもお金を稼ぐこと自体を楽しいと感じます。今、自分でお金を自由に稼いで使い方を選べることがおもしろいです。

 

 お金をかけない工夫ができる

お金がなくても、やりたかったヴァイオリンやフルートをやりました。学校の部活やサークルなどでお金をかけずに教わりました。ジムに行く代わりに近所の土手を10kg走ったり。

 

お金をかけなきゃできないという考え方を捨てました。

 

貧乏でマジで嫌だったこと

学習机が母の手作り

小学校1年生の時に、学習机を見に行ってこんなに高いなら買えないからと、手作りになりました。DIYの店でべニア板を買って母が手作りしました。結果的に大学卒業するまでこのベニヤ板机を使うことになりました。周りの子たちの学習机が羨ましかった。

 

自分の部屋に冷暖房がない

エアコンを自分の部屋につけられたのも就職した後です。勉強するとき、寒かったです。そこから冷え性になって、今も冷え性です。大学受験の勉強も真冬でも寒い部屋で体をきんきんに冷やしながらやっていました。今だったら耐えられないです。

 

蛍光灯もベッドも母が結婚する前に使っていたやつをそのまま使い続けてました。

 

蛍雪の功だなぁって自分でも思います。

 

もちろん、志望高校ももちろん公立高校、志望大学も国立大学以外はNG。私立に入ったら母は発狂したでしょう笑。

 

中学校のときに携帯を持ちたくて反抗

中学の友達からアドレス教えてと言われても、アドレス以前に携帯がありませんでした。

 

まわりがメールでコミュニケーションをとっている中、自分だけがそこに入れず疎外感を感じていました。

 

携帯だけはどうしても欲しくて3日間すねた態度をとっていましたが、結局だめでした。先立つものがありませんでしたから(泣)。

 

 母が精神的に病んでしまった

お金がないことが大きなストレスとなって母が精神を病んでしまいました。父の給料が一瞬だけよかった時には、元気だったので、金欠病なのは明らかです。切ない。

 

まとめ

貧乏は本当に苦労します。もし、今、生まれ変わったら貧乏な家か裕福な家か選べるとしたら、裕福な家を選びます。

 

私の場合、「苦労は買ってでもしろ」ではなく、「しなくていい苦労はするな」です。

 

苦労したくなくても人生、苦労は向こうから勝手にやってきますから。

 

それくらい貧乏はつらかったです。でも、貧乏から得たものもたくさんあります。

 

今の考え方とか人の立場になって考えるとか、そういうのが身についたのもこういう家庭環境があったからだろうなと思います。貧乏は悪いことばっかりじゃないってことです!